自分を甘やかすことと自己中は別もの

ブログ

甘え、を批判的に捉える人は案外多いよね

甘えてる。それは、甘えだ。甘えるな。

上。よく言われてきた人は、とにかく甘えるのが苦手。というかド下手。そういう環境にいなかったから。これは長子の「お兄ちゃんでしょ! お姉ちゃんでしょ!」とは少々意味が違う。

長子の人たちが苦手なのは人に頼ることであって、自分を甘やかすことはできる人は多い。ただ、上のようにして育ってきた人は、我慢強く忍耐強く、内面はとても繊細なので限界ギリギリだったりする。しかも甘えることを極端に嫌悪している人も一定数いる。

こうしないと迷惑になる。ちゃんとしないと。ああしておかないと。

~せねば。の思考で生きているわけだ。じゃないと、誰かに怒られると思ってる。実際怒られたのかもしれない。だから怒られたくない。不安が先に立つ。もっと楽に生きられたらいいのは自分でよく分かってるし、そうしたい。大人になって実際勇気を出してみて、すんなり受け入れてもらえた人もいる。ただ、これは相手の器によるので賭けに近い。勇気を出してみて失敗した場合の方が何故か圧倒的に多い。

一度失敗すると臆病になる。人は学習するものだ。真面目な人であればあるほど、警戒心を強くしてしまう。

ここで原点回帰。自分は自分のものだということ。誰より自分のことを守れるのは自分で、自分以上に自分を愛せる人なんてこの世にはいない。親兄弟色々思い浮かべるかもしれないが、自分以上に自分のことを理解する人間は結局存在しない。

他人の考えていることは予想できても、思考を読める人はいない。でも自分の考えていることは分かる。本音を理解できるのは自分だけ。本当はこうしたい。ああしたい。望みを知っているのも、自分だけだ。

自分大好きな人は自分を程よく甘やかす。だって大好きだから。これは自堕落的とは違う。程度を理解している。自分の好きなことを周囲に迷惑かけずに思う存分やってているだけ。その方法を知っているから、楽しい。更に自分を褒める。これをやってる人は少ないかもしれないけれど、自分を手放しに褒められる人は本当に強い。

逆に自分が嫌いな人は、自分を虐める傾向にある。だって自分が嫌いだから。好きになりたいのになれない。そもそもどうすれば自分を好きになれるのか分からない。方法が分からないと、外にそれを求めようとする。SNSだったり彼氏彼女、親、友達。とにかく自分以外の何か。肯定感をそこに求めて、思うようにいかないと怒りや悲しみの感情が嫌な方向に沸々。そしてやっぱり自分が嫌い、となってしまう。

自分のことが好きか? 

大好き! と即答できた人。迷った上で、イエスと答えた人。どちらでもないと答えた人。嫌いと迷って答えた人。大嫌いだと即答した人。千差万別だろう。

ちなみに秋村は自分のことが大好きである。即答する。大好きだ。社会に何か偉大な貢献をしているわけでもなんでもないが、私って生きてて偉い~と本気で思っている。こんな風に育ててくれた両親には感謝してもしきれない。

話は逸れたが、自分を嫌いだと即答した人は自分の好きなところを一つだけ書き出してみよう。それを見て、そこをとにかく褒めまくる声に出して声に出して自分を褒めまくる。テンション上げて褒めよう!! は・く・しゅ!!👏👏👏なんだったら部屋中動きながら拍手して褒めまくろう。動きをつけるとなおよし。

そういうの恥ずかしいと思う人は秋村が褒めまくるので、連絡してくれ。スカイプあたりで、徹底的にハイテンションで褒める。文字がいい人は、長文で貴方って素晴らしい!!と送り付ける。

何かにつけて理由をつけ、行動しないのは諦めと同じだ。トイレで褒めていい。庭で草むしりしながらでもいい。よほど難しいのなら小声でいいので、繰り返し褒めてみよう。もう呪文だ。呪文。

それが出来たら、翌日もう一つ好きなところを書こう。どんな些細なことでもいい。今日はいつもより多めにご飯を食べた、とか。いつもより早く眠れた、とか。お通じが良かった、偉い。とか。

ドンドンその数を増やしていく。その度に、大袈裟なくらい自分を褒めよう。マインドコントロール? そうだ。それでいい。自分のコントロールを他人に任せてはいけない。(なんか歌でもなかった?)無理にでも笑うとよいよ。笑顔はいい。日光浴もよいね。

長くなったが、甘えることを批判的に捉えている人は度の過ぎた甘えを想像していないだろうか? 甘え、は些細な事でもいいのだ。ここは大袈裟である必要はない。自分の心が喜ぶことをする。他人にそれを求める段階にない人は、物でいい。美味しい珈琲。美味しいお菓子。好きな本。好きな音楽。今は外に出られないから、家で出来る心のご褒美を見つけよう。

甘えることは罪ではない。むしろ自分を虐めることの方が罪だ。

昔は私も女子高時代いじめられたし(実害はゼロだったけど)、色々あった。何より学生時代(小中高)は仲のイイ友人とは必ずクラス替えで離れて、いつも1からのスタートだった。それが嫌で嫌で、クラス替えに希望を持たなくなった。とにかく必ず離れた。だけど、大学あたりで気付いた。その分、私は誰かに話しかけることが苦痛でなくなったな~と。あんなに人見知りだったのに、それがなくなった。

しかも私は、人には恵まれている。これに気付いたのは就職してからだ。転職もしたが、どこも皆いい人たちばかりでそういえば人間関係でさほど困ったことがない。というかほどんどない。高校の時の一時だけだ。

職場でも友達でも、私は運が良い。ありがたい。嫌な人が周囲にいない。これは最高だ。今の職場の人もみんな優しいし、上司もなんだかんだといい人だ。旦那も優しい。チビたちは苛々させられるが、可愛いし愛している。ママ友は好意的。両親は協力的。義両親もあんなに結婚を反対していた割には関係は良好だ。とくにお義母さん大好き。あんなに素敵なお義母さんそういない。

しかし、こんな私にだって悩みはある。不安もある。愚痴だって言いたいし、泣きたいことや怒りでグルグルする日も当然ある。だけど、そういう時は周りが助けてくれる。今日は何もしない宣言をして、旦那にやってもらう。長男が色々できるようになったので、頼むことも多い。ありがたい。本当に感謝しているし、こういう人間関係を築けた自分偉いって思う。

その分、というわけではないが私はあまり体が強くない。普通に持病がある。寝込むことも多いし、どれだけ体調に気を遣っていてもベッドの人になることもある。出口が見えずにため息が止まらない時だってある。だけど、私は私。これが私。心身のバランスが大事。

バランスといえば、甘えと謙遜もバランスが大事。謙遜もいきすぎると、ただの自己否定になる。自分を甘やかす度合いも、いきすぎるとただの駄目なヤツだ。何事もバランスが大事だなって、本当に思う。

ではでは☆彡

コメント